道化たちの宴 47


 

「はい?」
「なんだと?」
 
 白刃は思いっきり間抜けな顔をして、オーディンは眉間にしわを寄せて言葉を発した。
 ヴィヴィラードは困ったように二人を見る。
 そのヴィヴィラードの横には、この部屋の主であるまばゆい金髪に翡翠のような双眸を持った穏やかな青年がいる。
 
「オーディン。そんな怖い顔をしたらヴィヴィが怯えてしまうよ」
「怯えると思うか?」
「私たちより三百歳くらい年上でも、君に睨まれるとね」
 
 青年は穏やかにふんわりと―――白刃が癒し系だと断言したそれ―――微笑むとヴィヴィラードとオーディンがすかさず突っ込む。
 
「人の年を暴露しないでくださいです!」
「お前が言うと胡散臭いな」
 
 シュスラーレ国国王であるユリウスは白刃の自分の後ろに控える護衛であるアルザスに「ダメなのかい?」と呑気に聞いている。
 思わず白刃は、自分はここに暗殺騒ぎのことで話を聞きに来たきがするんだけどなと遠い目をする。
 
「とにかく、昨日の暗殺者も自害してしまったんです」
 
 ヴィヴィラードが場を取り繕うように、こほんと堰をするとオーディンが舌打ちをする。
 
「犯人の目星は?」
「オーディンに対する私怨か、または白刃さんの魔力の大きさに警戒をしてといったところでしょうか」
「はっきりはしてないんだよ。オーディン」
 
 ヴィヴィラードとユリウスがオーディンをなだめるように言うとアルザスが笑みを浮かべる。
 
「大丈夫さ。一応、女官や武官も大目に配置している」
「そうだね。何より、君がいるしね。オーディン」
 
 アルザスとユリウスの信頼が見て取れる視線にオーディンはそっぽを向く。それに子供みたいだなあと思いながら苦笑した白刃はふと疑問に思い、口を開いた。
 
「あれ?…なんで、オーディンの私怨であたしを狙うことになるんですか?」
「………」
「………」
 
 ユリウスとヴィヴィラードが顔を見合わせ、アルザスはその背後でオーディンを見やる。その視線を気にせずオーディンは女官が入れてくれたお茶を飲んでいる。
 
「白刃さん」
「ん?」
「知らないのかな?」
 
 ヴィヴィラードがどこか確認するように、ユリウスが首をかしげて不思議そうに。
 
「何を?」
 
 きょとんとしている白刃にユリウスが邪気のない微笑みを浮かべながらのたまった。
 
「オーディンの恋人と思われているんだよ。君は」
「…………………はい?」
 
 白刃はしばらく固まっていた。
 
 
 
*   *   *
 
 
 
 ありえない。
 どうしてそうなるんだ。
 大体、どこをどう見たら恋人に見えるんだ、目はついてるのか暗殺者のバカ野郎がと悪態をつきながら城の廊下を歩く。
 
 アルザス曰く。
 
『≪契約≫のことを公にするのもまずいからねぇ。取りあえず旅の同行者ってことにしておいたけど…ほら、好奇心っていうのは誰でも持っているから』
 
 などと胡散臭い笑顔で言いやがったために白刃は軽く殴った。
 
 すれ違う侍女や侍従、騎士の人たちに会釈したりするとなぜか恐縮されてしまったり、慌てて敬礼をされたりと、一般人の白刃にはどうにも落ち着かない中、ふと呟く。
 
「オーディンは知ってたのかな」
 
 白刃は首をかしげる。が、ここで知っていたとしても彼はこう言っただろう。
『たかが他人の言っている戯言だ』
 で、終わる。
 
 そういった噂に対して少し前を歩く青年が頓着しないことを知ってはいたが、教えてくれてもいいじゃんと胸中で嘆いてとき、城内でも人が少ない場所に出た。
 
 目の前から来た女官が突如として白刃に刃を走らせる。が硬質な音と共に弾かれる。
 
「うわぁっ…!て、そうじゃなくて!セイ!」
 
 声に白刃の肩に乗っていたセイが勢いよく女官に体当たりをして。
 
「きゃあぁぁあ!!」
 
 ではなく、噛み付いた。
 
 そりゃあもうガブリと。
 ちなみに腹の辺りを。
 
 白刃が即座にヴィヴィラードに教わった≪式≫を組んで≪陣≫を敷き、完璧に動きを封じる。
 廊下に押し付けられたような格好の女官からセイが離れ、白刃がそれを腕に抱きとめ撫でた。
 
「よし。いい子だね。セイ」
「……なかなか凶悪だな。白刃ちゃん」
 
 後方に待機していたアルザスが武官を伴ってやってくる。
 それに白刃はあっけらかんと言い放った。
 
「正当防衛だよ、これは」
 
 アルザスが何か言いかけて、苦笑した。が、次の瞬間、その顔に緊張が走り。
 
「危ない!」
 
 白刃が振り向いたその先。
 硬質な音とともに、短剣と長剣が重なり合い―――鮮血が舞う。
 白刃の鼓動がはねる。
 
「オーディン!」
「そいつを連れて行け!」
 
 アルザスの呼びかけに彼と同じように影に待機していたオーディンは、暗殺者と対峙しながら硬直している白刃を見て眉根を寄せた。が、そんなことをしている暇もなく≪陣≫を無理矢理、破った暗殺者の短剣は確実にオーディンを狙ってくる。
 彼はそれを受け止め、剣を走らせながら先程、斬られた腕から走った激痛にその場に膝をついた。そして、振り上げられた短剣をその目に写す―――自分を呼ぶ悲痛な声を聞きながら。
 

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