傷跡 81


 

 笛のような音、ガラスを割ったような甲高い、耳に響く音。
 それは、魔物が出た際に仲間に知らせるための魔具である石を叩き割ったときに出る音だった。それはラサの街中に響き渡った。
 
 一番、反応が早かったのはヴェスタではなく、アリアだ。
 
「どこの地区!?」
「北の地区です!」
 
 そう少女の声と共に地面に転移の≪陣≫が浮かび上がる。一瞬に浮かんだそれに二人は驚愕の眼差しを少女に目をやり―――次の瞬間には三人の姿はその場になかった。
 
 
 
 
 宿で仮眠を取っていたクロードはベッドから飛び起きると、剣をひったくるように持ち、扉を開ける。
 
「場所は?」
 
 仮眠を取っていた部屋から宿の食堂へはすぐだ。食堂に入ると傭兵たちがクロードを見て、テーブルに置かれた地図の一点を指す。
 
「ここです」
「北の地区でも捨てられた家の多い辺りだな」
 
 そう呟き、地図から顔をあげると周囲の傭兵に向かって声を上げた。
 
「四、六班は俺と来い!夜の当番の連中はここで待機!連絡を繋げ!他の連中は警戒に当たれ!!いいな!」
 
 応と声が上がるとクロードは食堂の隅にいる男に声をかける。足はすでに扉に向かっている。
 
「オーディン!」
「ああ」
 
 オーディンがそっけなく、が、鋭い双眸を向けながら頷き、二人はそろって宿を出た。
 
 
 
 
 白刃の足が地面に着き辺りを見回す。辺りには捨てられ廃墟となった家の残骸などがある。背後で息を呑む気配を感じ、見上げるとヴェスタが睨んでいた。その視線を方にある崩れた家の壁を見て、彼女は息を呑んだ。
 
 崩れた壁に覆いかぶさり、ピクリとも動かない片足をなくした男。服装からして傭兵の一人だろう。
 
 他には誰かいないのか見渡すとすぐ頭上から影が指す。同時に腕を強く引かれ、代わりに銀色の鋭い光が走る。が、それを避ける影。
 
「大丈夫?」
「はい。すみません」
 
 白刃はすぐ傍で聞こえたアリアにかすれた声で返事をしながら、そちらを見ると真剣な表情の彼女がいた。白刃たちの前には剣を抜いたヴェスタと、彼と対峙するのは。
 
 白刃はその姿を見て目を剥いた。
 硬質な肌と一体化したヴェールのような下半身を覆うそれ。地面に着くほどに長い両腕の先にある両手も長く、生き物のようで生き物でないそれは、人の形をしてはいるが、目も鼻もなく口のように三日月型にぽっかりと空洞があった。
 
「な、なななな…」
「魔物にしては奇抜な姿ね」
「だたの出来損ないだ」
 
 動揺して盛大にどもっている白刃の傍でアリアとヴェスタは冷静そのものだ。
 白刃は魔物ってあんなのなのか、その前に魔物は精霊だとしたら精霊もあんなのなのかと思考をぐるぐると巡らせていく。
 
 そして、魔物がその口を大きく開くとヴェスタはすぐさまそこから飛びずさった。
 地面に刺さるのは棘のように細く鋭利な針だ。
 ぐるぐると喉を唸らせる魔物にヴェスタはすぐさま地面を蹴る。その後ろからアリアが腰の剣を抜き続く。
 
「ヴェスタ!」
「わかっている!」
 
 返事をすると同時に振るわれた魔物の腕を剣で受け止め、アリアが彼の後ろから飛び出す。が、アリアの眼前にヴェスタの剣で止められた腕が分かれアリアに襲い掛かかる―――ことはなかった。
 
 パキンと氷が割れるような音と共に腕が風によって切り落とされる。
 
 ヴェスタが背後に視線をやると手をかざしている白刃。アリアはそのまま魔物の胴体を切りつける。
 
 痛覚があるのか声にならない苦痛の叫びを魔物が上げる。反対の腕を振り上げようとした魔物に地面から伸びたいくつもの土の形をした手が体のあちこちに巻きついていく。
 
「二人とも離れてください!」
 
 鋭い少女の声。二人は一瞬、目配せをして魔物を挟むように分かれると、
 
「貫け!」
 
 白刃の怒鳴り声と共に無数の氷の刃が魔物を射抜いた。そして魔物に巻きついている土の手は硬質さを感じさせる鎖になり、その表面には文字に似た文様が浮かびあがる。
 
 はぁと彼女は深く息をつくと同時に肩の力を抜く。そして、驚愕しているかのようなヴェスタに向かって、破顔した。
 
「とりあえず、捕縛しましたよ」
「お前…」
 
 ヴェスタは驚愕を隠せなかった。≪式≫を組み立てることなく一瞬で≪陣≫を紡ぐ。しかも先ほどののように、時間差で発動する二重の魔法をかけた持続させながら攻撃と拘束までした。前者は腕のいい魔法士なら誰でも出来る。ただし後者を一瞬で行うには、それだけの魔力と鍛錬が必要だ。
 
 それをこんな少女が―――。
 
「なるほど。帰ってこないと思ったらこんなところにいたのか」
 
 突如、頭上から降ってきた言葉。
 
 アリアとヴェスタが剣を構えたまま頭上を仰ぐ。
 廃墟となった家屋の屋根に立つ男。
 
 白刃は言葉をなくす。
 強靭さを思わせる体躯だが粗野な印象ではなく気品を思わせる空気を纏い、金色の双眸は者を見下ろすような眼差し。同時に肌をあわ立たせるような魔力の圧迫感。
 
「…魔、物?」
 
 彼女の小さな呟きに男はうっそりと暗く笑い、拘束した魔物を一瞥する。白刃は次の瞬間、顔色を変え、警戒しているアリアとヴェスタに叫ぶと同時に加護の≪陣≫を二人の前に紡ぐ。
 
「二人とも離れてください!」
 
 瞬間、魔物が炎上すると同時に拘束していた白刃の魔法と合わさって爆風を生む。魔法を相殺され、その余波をまともに受けた二人は廃墟へと叩きつけられる。
 
「アリアさん!ヴェスタさん!」
 
 そう叫ぶ彼女の背後にかかる影。肩越しに見えた影になった顔。その中で光る金の双眸。
 
「お前は邪魔になるな。……死ね」
 
 その言葉が終わるのが早いか遅いか、男の腕が彼女に振り下ろされた。
 
 

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