02 

 

 しんと静まり返り、その場の誰もがそちらを向いて、そこにいる人物が誰か認めると一妃を除いた人間が即座に固まった。
 その中で一妃はただ一人、その人物を睨みつける。
 睨み付けられた本人はいつものように飄々とした笑みを浮かべている。その笑みがどことなく楽しそうなのは気のせいだと思いたい。
 
「なにやってるんだ?一妃」
 
「ただのふがっ」 
「わたしたち、ちょっとお話をしていただけですよー」
「こんにちはー静先輩」
「こんなところで何してるんですか?」
 
 一妃の口を一人が押さえ他の数人が口々に静―――この状況の元凶ともいえる天城静(あまきしずか)へ話しかける。
 
 彼はなぜか旧校舎の二階の窓から顔を覗かせており、一妃は即座にサボりだと思う。
 
 それにしてもと静へと懸命に話かける上級生を見て、一妃は肩を落とす。
 ものすごく見苦しいというか哀れに見えてくる。
 
 天城静は泣かせた女は数知れず、それなのに女が切れたことがなくついでに街を三歩、歩けば喧嘩というトラブルメーカーで、教師たちも手を焼いている問題児なのだが、授業に出てなくても成績はいいし全国模試でも上位には必ず食い込むという、一妃からみたら要領のいい腹黒愉快犯だ。
 
 そんな彼の本性を幼なじみである少女が知らないはずがなく、静に群がる女たちをみては哀れとしかいいようのない感想を持っている。
 
 幼なじみの胸中を知ってか静が笑みを深くする。
 
「まあ、別にいいか。それよりもうすぐ昼休み終わるから帰ったほうがいいんじゃないか?」
「あ、本当だ!」
「次、移動だよ」
「じゃあ、先輩」
「またな」
 
 きゃーという黄色い声に一妃は眉間にしわを寄せつつ、上級生たちの去っていったほうを見て静を見上げる。
 
「…最初から聞いてたな」
「何のことかなー?」
 
 このドSがと胸の中で悪態をつく。すると上からかすかに笑い声が聞こえる。
 静はくつくつと喉の奥で笑っている。
 
「しっかし、お前。気をつけろよ。顔に傷なんてつけたら親父さん蒼白だぞ」
「その程度のあの狸ジジイが慌てると思う?」
 
 一妃は本当にそう思っているのだろう。胡乱な目を静に向ける彼女に彼は苦笑した。
 
 静の父親と一妃の父親は高校時代のからの親友で、静の父親が広域指定暴力団の組長であっても、一妃の父親が財閥の総帥であっても変わらず、交友は今も続いている。
 
 だから静は一妃の父親が彼女を大切にしているのを知っている。なにせ昔、よく父親に連れられて静の家に遊びに来ていたのだから。
 
 静は彼女の父親の狸っぷりを脳裏に浮かべながら、面白い親父さんなのになぁと思い笑った。
 
「お前も教室に戻ったほうがいいんじゃないか」
「…あ。またね、静。それと一応多分だけど、助かった、ありがとう」
 
 慌てて校舎の方へ向かう一妃に静は笑みを浮かべながら手を振って応えた。
 
 
 校舎の角を曲がり見えなくなった背中を見送った後も彼は窓から顔を出していた。
 
「アレがこの間、話したやつだよ」
「…お前の幼なじみってだけで同情するな」
「ひでーな」
 
 軽い口調に応えたのは低い声だった。
 
 静がゆっくりと振り返り、旧校舎の薄汚れ、ほこりを被った教室の前のドアに目をやる。そこには静よりも頭ひとつ分ほど背の高い紺色のブレザーである制服を着崩した黒髪の男。
 茶髪に癖のある髪、着崩した紺色の制服姿で常に飄々とした笑みを浮かべ軽い感じの静とは対象の雰囲気を持っている。
 
「それより俺を呼び出したのって誰?」
「興味ない」
「冷たいわ!朝葉ちゃん」
「やめろ、気色悪い」
 
 質問した静に冷たい反応をした悪友に静はしなを作ってかわいらしく言ってみたが、眉間にしわを寄せ睨まれた。
 つれない悪友に笑みを浮かべ、ズボンのポケットから出した飴をなめながら考えていると午後の授業の開始を告げるチャイムが鳴り響く。
 
 丁度、その時、悪友の目が廊下の奥を見る。静も先程とは違う冷たい笑みを浮かべる。
 
「混じるか?」
「面倒臭い」
 
 ため息混じりに返ってきた声に静は声を立てて笑った。それを見て悪友―――黒崎朝葉(くろさきあさば)は廊下を真っ直ぐこちらへ向かってくる殺気立った男子生徒の一団を興味なさげにみやったのだ。

 

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