03

  

「で?」
「でって…」
「だから、その後よ。あんのたらしは何て?謝ってきたの?」
「別に、なにも。ていうか、言葉使い崩れてるよ」
 
 一妃がのんびりというかどうもしないような返事を返すと、目の前の席に座っている美少女といっても過言ではない親友の嘉神綺(かがみあや)の眉がピクリ動く。
 それを幸か不幸か見ていなかった一妃は先程の授業のノートを写すのに必死だ。
 午後の春の日差しが窓越しに入ってくるこの席は、授業妨害、もとい睡魔と戦うのに激戦を強いられる。
 
 もっとも、それは一妃だけではなかったが、いかんせん彼女は目の前にいる親友や要領のいい―――綺曰く、狡賢い―――幼なじみほど頭は良くないのでこうやって授業中に寝てしまうと後が大変なのだ。
 
 特に苦手な数学とか英語とか数学とか。
 
「まったく、あの喧嘩バカにも非はあるけど、一妃もホイホイついていかないの」
「あたしは三歳のガキか」
「子供っていいなさい」
 
 保護者のようなセリフに一妃がすかさず突っ込む。それに綺も言い返す。
 綺は憂いるような表情で長い茶色の髪を掻き揚げる。その絵になるような光景を見て、一妃はちらりと周囲に目をやる。
 
 教室内の特に男子の視線が目の前の美少女に釘付けになっている気がするのは、気のせいではないだろう。
 
 そのうち鼻血とか噴出すやつもいるんじゃないかと思うようにぽーとしている生徒もいる。
 
「不公平だ」
 
 思わず口に出した声はばっちりと親友に聞こえていたらしい。
 綺はきょとんとして、何に対してかすぐさま察したらしく意地の悪い笑みを浮かべる。こういう笑みを浮かべると静そっくりだと思いながら一妃は自分のあごに伸ばされた綺麗な指を見て。
 
「あら?あたしは一妃みたいな子は好みよ」
 
 あごをとられくいと顔を上げられ、顔を上げてみれば、近すぎるほどの距離に整った顔があって。
 それはもう大輪の花が咲くような、綺麗な微笑みを浮かべた綺に絶句した。瞬間、思いっきり距離をとる。といっても席に座っているためたかが知れているが。
 
 効果は絶大。
 
 一妃はあまりの出来事に口をぱくぱくさせ、綺はその様子が面白くてたまらないというようにくすくすと笑っている。
 教室内がざわめき、男子だけではなく女子もほほを染めているのに一妃は気づかなかった。
 
 ちなみに綺は影では一年にも関わらず『お姉さま』と慕われ憧れになっているのだ。女子の間で。若干、十六歳でこの美貌は正直、末恐ろしいものがある。
 
 一妃は衝撃から立ち直ると再び席に座りなおす。綺は足を組みながら剣呑なことを口にした。
 
「それにしても今回は三年生ね。いい度胸だわ、今度はどうやって泣かせようかしら」
「……笑顔で言うな」
 
 一妃がノートを片付けながらげっそりと言う。
 嬉しそうにも見える笑みを浮かべ、影では深窓のご令嬢と呼ばれ本当に蝶よ花よといわれている親友は一妃を見る。
 
「同じことをバカの一つ覚えみたいにする身ほど知らずにはいい機会だと思わない?」
「……ほどほどに」
「当然でしょう?誰だと思ってるの?」
「嘉神綺さんです」
「よろしい」
 
 かしこまっていう一妃に綺が尊大な口調で返事をすると、どちらともなく笑い合う。
 
 その時、彼女たちに近づく生徒がいた。
 
「あら、舞咲さん。今日は先輩方からのご用事はなかったの?」
 
 嫌味ったらしく笑みを浮かべて声をかけてきたのは、胸元まである染めた茶色の髪をゆるく巻き、化粧をきれいにした同じクラスの椋野憂(くらのゆう)だ。
 
 椋野憂は華道の家元の一人娘で、けっこうなわがままだ。自分の言うとおりに行かなければ怒り、家の権力にものを言わせるのが当たり前、自分が一番でなければ気がすまないという性格の持ち主で、『舞咲』という家の名をもった一妃が気に入らなくてしょうがないらしい。
 
 加えて、静の信望者の一人らしく、それが一妃を敵視する原因にもなっている。
 
 綺は優雅な笑みを崩さず椋野を見る。一妃はまたかと言わんばかりの呆れのような目を向ける。
 
「もう終わったから」
 
 そう答えを返すと椋野は気に障ったのか、笑みに吊り上げ口端を引きつらせた。
 
「そう終わったの。残念ね。前みたいに濡れねずみにならないようにね」
 
 椋野が嘲るように笑うと取り巻きの二人も笑う。そして、教室のドアが開き、次の授業の教師が来たことで会話は終わった。
 
「始めるぞー。席、着けー」
「じゃあね、舞咲さん」
 
 あごを反らせ笑いながら席に戻る椋野を見送りながら、綺がぼそりと呟く。
 
「いつか沈めてやる」
「…静みたい」
「何かいったかしら?」
「何でもありません」
 
 一妃の小さな声はしっかり聞こえたらしく、笑顔だというのに目は笑っていない美少女に見詰められ一妃は目をそらして否定した。
 そのまま、そうと緩やかに笑い前を向いた親友に一妃は心臓に悪いと思いながら次の授業の準備をするのだった。
 
 
 
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