07

 

 ランチの乗ったトレーを机に置き、その男は実に軽薄な笑み―――人によってはさわやかな笑みといわれる、主に彼に心酔している女の子たちにだが―――それを浮かべて、自分の傍にいた女子生徒を見やる。
 それだけで何を言われるのかと彼女たちは期待をその顔に浮かばせた。
 
「悪いな。俺、飯はこいつらと食うから、ごめんね?」
 
 その申し分けなさそうな謝罪に。
 
「いいですよ!そんなのっ!」
「先輩がそういなら!」
「今度は一緒に食べてくれますか?」
「ずるーい!わたしも一緒に食べたい!!」
 
 うるさいっていうかここは学校だよなホストクラブとかじゃないよな。
 
 そう思ったのは目の前で繰り広げられている鳥肌の立つようなやり取りのせいだ。もちろん、その主な原因は一妃の幼なじみである静のせいなのだが。
 一妃は向かい側で沈黙している親友を伺い、即座に目を逸らした。正直なところ見なければ良かったと思う。
 
 笑っていた。
 
 それはもう花のかんばせに極上のとろけるような笑みを浮かべていた。
 その証拠に食堂にいる男たちの視線が親友の方にちらちらと、向けられている。が、一妃は思った。
 知らぬが仏だと。
 笑っている。笑っているのだが。
 
 目が、笑ってない。
 
 むしろ据わり、冷ややかな色を宿しているそれに一妃は早くもこの場にいることを後悔した。
 静と食事を一緒にすることで向けられる女子生徒の嫉妬や憎しみじみた視線など可愛いものだ。
 それよりも彼女にとっては、冷たい空気を発している目の前の親友の方が何倍も恐ろしい。
 
 バカ静なんでこんなときにここに来るんだお前絶対に狙っていたな嫌がらせだなそうだなこのトラブルメーカーの女たらしがいつか背中から刺されてしまえっと胸中で罵倒し終わったとき。
 
「じゃあねー」
 
 ひらひらと手を振りながら離れていく女の子を見送る幼なじみに涼やかな冷えた声が向けられた。
 
「あら、今日、女の子たちは一緒じゃないんですか?天城先輩?」
「たまにはそういう時もあるだけだよ。嘉神さん」
「そうでしたの。わたしったらつい。だって先輩ったらいつも女の子をはべらしているんですもの。いつも一緒なのかと思いましたわ」
「へー、そんなに俺のことを見ていてくれているんだ」
「あら自信過剰ですね。いつもそうしているから目立っているだけってわからないんですか?」
「人気者でね。困っているんだ」
「それは大変ですね。いつか後ろから襲われないように気をつけたほうが良いんじゃないですか?」
「女の子に押し倒されるのは趣味じゃないんだけどね」
 
 目の前で繰り広げられる冷戦に一妃は聞こえない見てない知らないぞあたしはなにも知らないとばかりにランチを黙々と食べる。
 そして忌々しげに。
 
「この最低最悪の女泣かせの喧嘩バカが」
「口調が崩れてるぞー」
 
 笑みを浮かべて熾烈な争いをする二人の間で極寒の地に吹くような風が吹き荒れるのを一妃は見た気がした。
 
 
 
*       *      *      *
 
 
 
 冷戦が終わり、しばらくして幼なじみからの言葉に二人は疑問の声をあげた。
 
「…は?」
「どういうことよ。それ」
 
 一妃はお茶を飲みながら、綺は残りの食事を片付けながら言う。
 静は飄々と笑って再び口を開いた。
 
「だから、少し気をつけてくれって言ったんだよ」
「なんで?」
「ちょーっと、ばかし暴れるから」
 
 静が片手の親指と人差し指を近づけて「ちょーっと」を表現する。それに一妃の顔が引きつると同時に綺が静を睨む。もちろん目だけで。
 
「昨日は関係ない朝葉だったし。相手は相当、頭にきてるだろうから念のために、な」
「また手を出したわけ?」
「向こうが先だ」
「あんたがそう仕向けたんだろうが!」
「俺は嘘をつけないからな。弱いやつに弱いっていっちゃうんだよなぁ」
「………」
 
 思わずテーブルにうなだれる幼なじみを静は目を細めて笑みを浮かべながら見る。
 一方、綺は何かを考え込んでいる様子で、静に向かって聞いた。
 
「朝葉って…『黒崎朝葉』?」
 
 静はうなずく。
 
「そ。……昨日、北桜の駅裏の公園で喧嘩を売られたらしいしな。あいつも」
 
 その言葉に一妃が反応する。
 
「昨日の駅裏の喧嘩…」
 
 彼女の呟きに静と綺が一妃を見る。
 
「知ってんのか?」
「知ってるの?」
 
 二人は一瞬、視線を合わせたが綺は瞬時に離した。その様子に苦笑しながら一妃は言葉を濁す。
 
「ちょっとね。鉢合わせてはないけど、見ただけだよ」
「へぇ。…あいつ強かったろ?」
 
 どこか自慢げな幼なじみに一妃は思わずうなずいていた。
 
「うん。強かったよ、それに…」
「それに?」
 
 綺が首をかしげて続きを促す。が一妃は慌てて首を横に振った。
 
「なんでもない!……くろさき…あさばっていうんだ。あの人」
 
 その名前を小さく呟いた一妃を綺は不思議そうに見て、静はその飄々とした笑みのまま、それでもどこか面白いものを見つけたように目を細めた。

 

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