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大人数を相手にするにはまず狭い場所に誘い込めと教えられた。そのときはなんでそんなこと知っているんだと相手を見返したが、相手は年相応のしわの刻まれた顔をさらにしわくちゃにして笑っただけだった。
向かってきた拳を流し、相手の腹へと拳を叩き込む。そのまま踏み込むと次の相手の顔に拳をめり込ませ倒す。
後ろからの奇声に体ごと軽く横へ避け、ローキックを太ももへ叩き込み、崩れたところへ拳をお見舞いした。
その相手が崩れた先にいたのは。
見慣れた制服。
違うのは男子のそれではなく女子のそれ。
見開かれた目には、自分の今の惨状が写っているのだろう。
次の反応は決まっている。
今までのやつらと同じだ。
恐怖や倦厭(けんえん)、遠巻きに見るあの視線。
こいつもかと漠然と思っていたとき。
その相手の口が動き、焦ったような表情を浮かべた瞬間。
「危ない!!」
耳障りでない柔らかい焦った声が聞こえると同時に頭に衝撃がきた。目がちかちかするのを軽く頭を振ることによって払い、近くにあった石を振りかぶった相手の腹へとそのまま突進して、馬乗りになる。
暴れる相手の鼻面に頭突きをして、そのまま腹部を何度か殴り、ぐったりとしたところで身を起こした。
肩越しに路地の先へと目をやると先程の人物はいない。
この惨状をみて、逃げたのかもしれない。
自分が倒した連中に目をやって、かるく嘆息した瞬間。
「大丈夫?」
心臓がはねるまではいかなかったにせよ、間近で聞こえた問いかけに驚いた。
振り返るが人影はいない、となればと視線を下にして彼は目を瞠った。
そこには悪友の幼なじみ―――先程、路地のさきにいた人物が立っていたのだから。
舞咲一妃はその歓楽街に足を踏み入れるとそこは朝ということもあり、いつもより少し寂しい空気があった。
もっとも、ここが動き出すのは夕方から明け方にかけてだ。そのために朝はこの街にとっては『夜』だ。
足を進めていくと途切れ途切れに声が聞こえてくる。それが何であるか彼女は知りすぎていた。
足を速めて、最後には走り出す。そして見つけたその場所をみて彼女は固まった。
暗い路地にいるのは駅前で見たような数人の不良たちと幼なじみの知り合いである男。
制服を乱しながらも彼はその暗闇に溶け込むようにいた。
こちらを見据える切れ長の漆黒。
鋭いそれを見詰め返したとき、彼の頭の上におろされるものを見て。
「危ない!!」
叫ぶと同時に決して軽くない重いと感じる、ついでに痛いとも感じる音が聞こえたが、彼はそのまま相手にのしかかり、そのまま倒してしまった。
慎重に近づいていく。
そして、声をかけた。
大丈夫と。
反応がない相手をなんか固まってないかと思いながら見上げると視線があって相手が顔をそらした。
あれと首をかしげると同時に顔に何がが散ってきた。
それを指先で拭って、彼女は目を瞠る。
「血…」
小さな呟きに相手は反応して、一妃を見下ろす。同時に一妃も見上げたためにばっちり相手の顔を見るわけであって。
瞬間、一妃は顔を青くした。
「血がっ」
見上げて凍りつく。頭の方から薄っすらと細い線を作って血が流れているのだ。
「…ああ」
「ああじゃない!」
一妃が制服のポケットからハンカチをだして無理矢理、傷がある辺りを無理矢理、押し付ける。
それに驚いたのは相手―――朝葉だ。
「おい…」
「押さえてて」
「いらん」
「いらなくない。頭は多く血がでるから、押さえておいたほうがいい」
背が高いため、どうしても一妃は爪先立ちになる。それでもハンカチをとろうとしない相手に朝葉はため息をついた。
「え?」
一妃が押さえていたハンカチを押さえ、一妃の手を離させる。
触れた手は思ったよりもひんやりとしていた。
「…遅れるぞ」
「あ!」
しまったという顔をした彼女に背を向け、かばんを拾う。
「え、あ、あの」
「行かないのか」
それはこっちのセリフなんだけどと思いながら一妃は朝葉を見る。どこか呆れたように。その視線に彼は見た目からはわからないが不思議そうな顔をした。
もう一度、言う。
「遅刻するぞ」
「いや、それはそっちも……お大事に」
仕方ないなというような苦笑を浮かべて彼女は朝葉に背を向けた。
そして朝葉はそのまま一妃とは反対側の方へと姿を消した。