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「は?」
 
 舞咲一妃は間抜けな声をあげた。が、目の前にいる彼女の保護者である、所謂、父親の笑みは変わらない。憎たらしいほどに。それはもう晴れやかにとても楽しそうな顔を何度、ぶん殴ってやりたいと思ったことか。
 
「いい子じゃないか。なぁ、一妃」
 
 何が「なぁ、一妃」だ、このクソジジイというかその満面の笑みは何?そのいかにも何か楽しいものを見つけましたよっていうのは一体。いやいや待てその前になんていった―――?
 
 休日の昼食を一緒に、父親の会社の近くのレストランでとっていた一妃に告げられたのは、彼女の思考をものの見事に停止させた。
 
「黒崎朝葉くんっていったよね?彼」
 
 可愛らしく首を傾げてみせる父親に、いい年をこいたオヤジがそんな真似しても可愛くないと現実逃避気味なことを思いながら、一呼吸おいて一妃は自分を持ち直し。
 
「どこで会ったの?」
「ん?一昨日、来てくださいってお願いをしたんだ」
 
 にこにこと笑う父、壱尭。
 
「一昨日…?」
「うん」
「金曜?」
「そうだよ」
 
 にこにこにこにこ。
 
 一昨日は先週の金曜日。先週の金曜といえば。思考をめぐらせる一妃。
 
 ―――いや、ちょっとな―――。
 言葉を濁した彼の表情。
 
 一妃は、自分がどこにいるのかも忘れて、こみ上げる感情のままに叫んだ。
 
 
「こ、この似非笑顔タヌキ親父―――――――!!!!」
 
 
 この叫びを聞いた部屋の外に待機していた壱尭の秘書は、「だからお怒りになりますよといったのに」と嘆息した。
 ついでにこの娘の反応に父親である彼は大変満足したとか。
 
 
*      *      *
 
 
「ごめん!!」
 
 休日明けの月曜日。昼ごはんを屋上で食べながら、あいさつもなしに開口一番に頭を下げてきた彼女に黒崎朝葉は、いぶかしげな顔をする。
 そして、何か考えるそぶりをして、思い当たったのか、ああと声をあげた。
 
「気にするな」
「いや、気にするって。何かされなかった?」
「何か?」
 
 必死な表情の一妃に朝葉は考える。されたといえばされたのだろうが、彼にとっては本当に些細なことだったために、されたことに入らない。
 
 ナイフで脅されたり、あの黒スーツの男に殴られるといったことはされなかったのだから。
 ここに朝葉の思考を知っている悪友がいれば、「いや、お前の感覚は一般からかなりどころか右に曲がって左に曲がって捻じ曲がっているからな」と突っ込んだろうが。
 
 ちなみに、屋上には一妃と朝葉しかいない。綺や静はいつの間にかこの時間は席を外すようになった。
 
 当初、一妃は首をかしげて不思議がっていたのだが、朝葉はその好意―――本人たちは単に面白がっているだけだろうが―――がわかったので何も言わずに、この形に落ち着いている。
 閑話休題。
 
「例えば、密室に連れて行かれて監禁とか」
「いや」
「やってもないことを捏造されて、それを盾に脅されたりとか?」
「………いや」
「じゃあ、手足を縛られて、社会的に抹殺するとか言われたりは!?」
「………………」
 
 お前の親は一般人だろうが。というか、自分の父親のことをそこまでいうか。
 
 そう思わず突っ込みたくなった彼だったが、そこでふと一妃の親と静の親は唯一無二の親友ということを思い出す。
 静の父親を知っているだけに、そして、現に彼女の父親に会った今、彼女の言ったことをあの人ならやりそうだと納得しそうになってしまう自分に顔をしかめる。
 
「朝葉?」
 
 心配そうに気遣う一妃に彼は小さく苦笑を浮かべた。
 
「いや、そんなことはされてない」
「本当に?」
「ああ」
「そっか。よかった」
 
 心の底から安堵しているのだろう。その必死な表情から安心したように顔が緩む。昼食に手を付けている一妃を見ながら、彼も再びパンを口に含む。
 
「何か言われたのか?」
 
 一妃が聞いてくるということは、父親から聞いたのだろう。そう思って何気ない質問を彼女に投げる。と。
 ぼんと音がするほどに一妃の顔が赤く染まる。朝葉は無表情の下で驚く。
 
 
 
 一方、一妃は。
 
 
 父親から告げられた言葉に、動揺し、恥ずかしいやら照れるやらで朝葉の方に気を回す余裕はなかった。
 
「最近、怪我をすることも多かったけど、顔が緩んでいるときがあったからね。なるほどね。そういうことか。お父さん悲しいなぁ」
 
 遠い目をして呟く壱尭に一妃は、なんのことと尋ねると、相手はさも意外だというように目を丸くして言い放った。
 
「付き合っているんだろう?」
「は?」
 
 誰が誰と。ていうか今、なんていったと、一妃の思考がショートし始める。
 
「好きなんだろう?」
 
 その一言に一妃は顔を赤くし、思考もショートし、それこそ頭から煙がでるのではというほどに焼ききれた。
 
 
 
「一妃?」
 
 朝葉に呼ばれて、回想から戻った一妃は動揺のあまり思わず。
 
「あたしって、朝葉のこと好きなの!?」
 
 と、叫ぶように言った。そして、朝葉がいつもの無表情を崩し、目を瞠るのを見て、彼女は自分の言った言葉の意味に別の意味でこの後、悶絶することになる。
 
 
 
 
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