第二話 カウントダウンの始まり #11

 

「ええー!!じゃあ、バイトやめちゃうの!?」
 不満ですといった声を上げたのは千郷のバイト仲間である綿部結衣だ。

 今日のバイトがパーティーの「サクラ」ということで、千郷は結衣と待ち合わせをしていた。なにしろ、千郷は主にパーティー会場などを盛り上げるためのコンパニオンとしてのバイトしか入れたことがない。どこかの「サクラ」としての役割などを求められるパーティーには参加したことなどないのだから。

 なぜなら、こちらの方は下手をすれば客と一緒に外にも出るといったことをしなければならい。そうしたときの対応が面倒で避けていたのだが、そうも言っていられない状況になり、何度か「サクラ」としてバイトをしたことがある結衣にアドバイスを貰おうと今回のバイト先である会場の近くの喫茶店で待ち合わせをしたのだ。
 そして、千郷が「サクラ」のバイトをするのが珍しいと漏らした事から、なぜそうなったのかを端的に告げると結衣の最初の言葉につながる。

「まだ、わからないんだけどね」
 そう苦笑を浮かべながらカフェ・ラテを傾ける千郷に結衣は残念そうに紅茶の入ったカップを見た。そして、ぱっと顔をあげると。
「あの人には相談したの?」
「ん?」
「ほら!バイト先でいつだったか知り合ったイケメンさん!!」
「イケメン?」
 イケメンとは誰の事だろうかと眉を寄せると結衣は頬をかすかに上気させて続けて出てきた言葉に、思わず千郷は耳を疑った。
「よく送り迎えしてくれている人だよ!背の高くて笑顔のさわやかな!!」
「ぶっ!!」
「わっ、大丈夫!?千郷ちゃん!」
「だ、だいじょ、げほっ、ごほっ」

 イケメン、送り迎え、背の高くてあとはなんていったのだろうか、この目の前にいる女の子は。

 心配しハンカチを出してくる結衣を千郷は片手を上げて制する。そして、しばらくして落ち着くと彼女は未だこちらを心配そうに見ているバイトの友人を見やる。
「イケメン?」
「うん」
「送り迎えしてくれている人って男だよね」
「うん」
 無邪気に紅茶の入ったカップを傾けながら頷く結衣に、千郷は間違いであってほしいと思いながら恐る恐ると口を開く。
「………あー、あの、そのさ、結衣が言うそのイケメンてさ、前にあたしたちを助けてくれた人?」
 で、合っている?と言外に尋ねると、
「うん、そう!あの笑顔がさわやかで好青年ですって感じの人!」
 満面の輝かしい笑みでそういわれ、千郷は顔が引きつらせた。

 笑顔がさわやか。好青年。

 ―――ありえない。

 なにしろ、千郷のしっているその男は笑顔がさわやかどころか、絶対にお前、その真っ黒なお腹に一つや二つ、三つや四つは何か抱えているだろうというような胡散臭い笑顔を浮かべている男にしか見えないのだ。さらには好青年とは程遠いところにいると断言できる。

 しかし、騙されていると思いながらも触れるべきではないと判断した彼女は話を戻した。

「それで、相談て?」
「だって、ここよりも給料がいいっていったらやっぱり限られるでしょ?だから反対しないのかなって」
 それがどうして相談しなければならないことになるのかさっぱりわからない。その上、反対などという言葉が出てくるのか。千郷は、わけがわからず首をかしげた。その反応に結衣は更なる爆弾を落した。
「付き合っているんじゃないの?」
 

「…………………………………はい?」
 

 誰が。
 誰と。
 付き合っているって?

 たっぷり三十秒ほど間を置いて返事をした千郷に結衣はこともなげに告げる。
「だって、送り迎えはしてくれるし、何度かご飯食べにいったりしているんでしょう?だったらそれって、そういうことじゃないの?」
「ないないないない!!」
「そこまで否定する?」
「うん!」
 全身で力強く否定をした千郷に結衣はそうかなぁと首をかしげているが、本人はそれどころではない。

 そう、それはない。そういった関係ではないのだ自分たちは。ただ、こちらの反応が面白くて、自分を構っているだけであって。いろんなところに連れて行ってくれたりしているだけで。
 そもそも相手がどんな人なのか、どんな仕事をしているのか一切、プライベートの話はしたことがないのだ。

「そうなんだぁ、つまんないの」
「つまらないって…」
 友人の乙女思考に千郷はがっくりとうなだれる。そんな彼女に結衣は唇を尖らせる。
「だって、あんなかっこいい人に送り迎えとかご飯とか一緒にって言われて、ときめかない子なんていないよ!!」
 はい、ここにいますが。と思いながら苦笑する。
「まあ、居心地はいいけどさぁ。でも…」
 と、そこまで言葉を続けて千郷の思考が固まる。
 今、自分はなんといっただろうか。
「千郷ちゃん?」
「え、あ、いや。なんでもないよ!!」
 結衣が突如、固まった千郷を不審そうに見ているのに気付くと、彼女は自分の中にある動揺を誤魔化すようにカフェ・オレの入ったカップを傾ける。そして、先ほどの自分の言葉を頭に反芻させた。
 居心地はいいけどって。
 待て。待て待て。
 今、自分は何て思ったのだろうか。というか、言っただろうか。

 確かに、結衣の言うように見た目はいい。しかも、扱いが丁寧だ。というか女慣れしていると思う。例え、ゴーイング・マイ・ウェイで、その笑顔が胡散臭くて、時に何を企んでいるんだよこの人というような悪人に見えなくもないけれど。
 だが、優しいときもある。冗談を言い、千郷の反応に笑い、噛み付く自分をあの男は普通にいなす。
 頑固だといいながらも、だ。
 だから、居心地がいいといってしまっただけだ。中学や高校のときの友人たちといるような、自分を偽らなくてもいい場所にいるような感覚があったからそう思っただけだろう。それ以上のものなどなにも、ない。

 そう結論づけて、千郷は残りのカフェ・オレを飲み干す。自分の中にある言いようのない感情を飲み込むように。

 

 

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